スタッフブログ フクブクロ


2012年12月22日

福井の殿様の60才にて書いた涙なみだの恋文。

ただ今、福井市郷土歴史博物館では、1月27日まで、福井藩主の松平家の館蔵品の常設展がひらかれています。

でその中には、幕末の藩主松平春嶽公の60才にかいた書簡が展示されています。

その年亡くなった正妻の肖像画を描いた人への礼状です。

「繪、誠ニ以見事ニ出来、、、、、、、、、、、、、感泣不斜、、、」(まるで生きているような出来で、感激のあまり泣いてしまうようだ)とか、「永世保存シ、勇子ニ毎々面接スルハ、足下之厚恵トイフヘシ。」(永くこの肖像画を保存し、たびたびそのすがたを目にすることができるのは、真の恵みといえる)といった風で、まあまあ、とても60才のお殿様がかいたものとは、、、。でも花押(サイン)がおしてあり、筆の扱いが続いているので、ご本人さまが書いています。

さて、その勇姫は、熊本藩細川家から16才でお輿入れなさり21才で娘を生み、6才で亡くされ以後お子様はおられなかった方なのですが、その礼状の年に54才でなくなっています。

が、その多分54才の勇子像は、目はおちこんでいて痩せておられて受け口で、現代でいえば、おそれながら80才にみえないこともない、どうみても美女にはみえない肖像画なのです。

江戸時代の浮世絵の基準でいっても、うーん、、、。

上の写真は福井市歴史博物館横の春嶽公の像です。、武将というよりはお公家顔のわが福井藩の藩主は、この妻の肖像画で涙がでそうになったと書いたり、「永世保存シ、、、、、、、厚恵トイフヘシ」と礼状にかいたんですねえ。

春嶽公はそれから3年後、63才で亡くなられました。

福井藩の裏歴史(?)ご紹介させていただきました。

 


2012年12月06日

福井市街になくてはならない路面電車のお話、ひとつ。

写真の中の赤いプリティな路面電車は福井鉄道です。

当ホテルから徒歩10分ぐらいのところ、九頭竜川にかかっている幸橋をわたっていくとこです。

今から15年程前でしょうか、夜更け雪交じりの中、この路面電車の丁度この近くの線路付近を車で通っていたら、この福井鉄道の幹部の方が線路の復旧工事に入っていたことが。

その方と顔みしりだった福刀自の同乗者が車をとめ、「なんや、〇〇さん、なんとあんたが陣頭指揮かあ、このみぞれの中ー」と話しかけましたら、「イヤー、□□さん、皆様にご迷惑かけますのでね。今晩中には終わらんとねー」と。

雪が降り寒い夜この電車をみるたび、誇りをもって一生懸命、人のみていない所でがんばっている方々を思い出します、、、。


 



 



 


2012年11月03日

竹田の油あげを食べたことありますか?

福井県坂井市の谷口屋の油あげって、食べたことおありでしょうか?

「油あげ?そんなもん、たいした違いあるのかな?」と思われた方は、まだホントにおいしい油あげを食べたことがない。(この辺は、全国平均の数倍油あげを食べている福井県民のいう事ですので、鼻息が荒くてもお許しを。)

特にその中でも1番人気があるのが、この谷口屋の油あげ。
白山水系の旧竹田村で、いまでも作り続けています。
手作業が主なので、ネットでも売っていますが、なんと今注文するとつくのは11月下旬とか。

福井の料理屋さんでも「竹田の油あげ大根おろし付き」はよくでています。

福井県外からおいででしたらJR福井駅続きのスーパーでも売っていますから、1度買って帰ってお家で召し上がれ。

ただし、コツがひとつ。このあげは油抜きをしてはなりません。そのまま焼くなり煮るなりで。

そのままかりかり目に焼いてたっぷりの大根おろしをつけて食べるのが、福井モンのこよなく好む1番の食べ方です。

谷口屋についてはこれでお確かめを⇒http://taniguchiya.co.jp/index.html 
 



 


2012年10月18日

JR福井駅から徒歩5分の柴田神社には戦国時代の石址がそのままあります。

わがホテルから徒歩6分ぐらいの所にある、柴田神社。

柴田勝家公とお市の方を祀ってあります。
言い伝えでこの柴田神社の場所に、勝家公の最後の城、北の庄城があったとされていたのですが、発掘したところ確かに城址の石畳がでてきたのです!

柴田神社にはそれがそのまま、どんと展示されていますので、どうぞ歴史にご興味ある方は、足をお運びくださいませ。
さて、この写真は柴田神社で撮ったものです。

なんか胃でも悪そうなドラゴンですね。おほほ。

柴田神社についてはこれでお確かめを。⇒http://www.sibatajinja.jp/index.html 



 



 



 

 

 



 


2012年10月17日

1500年の歴史をもち江戸初期「御上天下一」の印をゆるされた越前和紙の歴史。

福井県の越前和紙の歴史は古く、1500年前からとされています。

桂離宮のふすま等の紙も、越前和紙の特注とか。

明治維新後初めてのお札「太政官札」も越前和紙とその職人の技だそうです。

そしてなによりすごいのは、例のお札の「透かし」の技術はいまだ手法は門外不出とされているとの事。(去年日本銀行の方の講話で伺いました。)
いまだに?!

現代も東京のデパート入り口ででっかい越前和紙が飾られたりと、越前和紙の可能性はまだまだ!

福刀自は昔、子供がアレルギーだったので、福井の資材屋さんに勧められ、壁紙をやめ和紙いりの塗り壁の部屋に(予算上の理由により)1室だけしたことがあります。母子ともに快適でした。ああ、他の部屋もしたかったあ。

福井県の越前和紙の里では、江戸時代の手法のまま自分で実演できるコーナーもあります。
ご興味おありでしたら、これで。⇒http://www.echizenwashi.jp/ 

                   

 


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